吉と𠮷の歴史
吉と𠮷とは、何でしょうか?
吉と𠮷の字に思いをめぐらすと、人の苗字や名前はもちろん、市町村の地名や、河川や山の名称、そして店舗の屋号や鉄道の駅名や食べ物の名前など、いっぱい使われていることに気づきます。
例えば、吉田さんや有吉さんや吉岡さんはもちろん、奈良時代の神亀元年五月十三日(724年)に吉田連(よしだのむらじ)の氏姓を賜った吉宜(きちのよろし)、江戸時代の徳川綱吉(江戸幕府第五代将軍)や徳川吉宗(同八代将軍)、旧𠮷津村(現在の京都府宮津市。日本三景の一つ、『天橋立』で有名)、万葉集にも歌われた𠮷野川、鎌倉時代の歌人の兼好法師(吉田兼好)が世を逃れて住んだとも云われている吉田山、そして、福岡県にあった日本国有鉄道の夏吉駅や、名物の𠮷備団子などがございます。
つづいて、吉と𠮷の違い、について考えてみますと、字形が異なります。「上の横棒が長い方が吉」で、「下の横棒が長い方が𠮷」ですとか、「書き順の一画目を伸ばす方が吉」で、「書き順の三画目を伸ばす方が𠮷」ですとか、あるいは、「口へんの部首の上に士(さむらい)があるのが吉」で、「口へんの部首の上に土(つち)があるのが𠮷」ですとか、色々な定義の仕方があると思います。吉と𠮷は異体字と言われたりもしますし、吉と𠮷は同字体という考えもあります。
文字の様式である書体においては、古代中国の周王朝の大篆(だいてん)、始皇帝(しこうてい)による文字の統一(紀元前221年)で標準書体となった小篆(しょうてん)、それらの篆書(てんしょ)を簡略化して、漢の時代(紀元前206年~220年)に公用書体となった隷書(れいしょ)、その隷書(れいしょ)の速筆から生じた行書(ぎょうしょ)と草書(そうしょ)、そして楷書(かいしょ)が生み出されました。
青銅器や石碑や竹簡や木簡や紙には、それぞれの書体ごとに、吉や𠮷が鋳造(ちゅうぞう)され、刻石(こくせき)され、墨書(ぼくしょ)されました。同じ書体でも、書道家の美意識である書風によって、吉と書かれたり、𠮷と書かれたりすることもあります。
このように吉と𠮷の字形は異なりますが、善、幸い、よきこと、めでたきこと、縁起よし、などの吉と𠮷の字義(意味)は同じですし、「キチ」(呉音)、「キツ」(漢音)、「よし」、などの音読み、訓読みは同じですね。もちろん、吉と𠮷の発音(Kit, Kits', Yo-si)も同じです。同音同義の字です。
吉と𠮷は、古くは飛鳥時代の文書や、奈良時代の『古事記』や『日本書紀』といった歴史書、4500首以上の和歌をおさめた『万葉集』や、『源氏物語』などの古典、平安時代の人の日記、仏教の経典、戦国武将の古文書、日本の元号(嘉吉:かきつ。室町時代の1441年ごろ)、そして遺跡から発掘された考古遺物などに見られるように、古来より人々に大切に使われている字です。
現代では、インターネットやIT(情報技術)やAI(人工知能)が発展している恩恵を受けて、文書の伝達や頒布が容易になりましたが、一方で、新聞や雑誌や書籍やネット等の活字において、𠮷の字を見かける機会が少なくなってきている気がします。
例えば、パソコンやスマートホンで𠮷の字を出すときに、手こずった体験をした人は少なくないと思います。𠮷を変換して出そうとすると、𠮷[環境依存]と表示されたり、文字化けしてしまったりです。また、お使いのスマホの機種によっては、“よし”と入力すると吉に変換され、“つちよし”と入力すると𠮷に変換できたりします。
江戸時代の幕末から明治時代にかけて、日本は欧米諸国に追いつこうと文明開化が始まり、国語国字問題(江戸幕府十五代将軍の徳川慶喜に建白されたという『漢字御廃止之議』や、『漢字廃止論』や『漢字制限論』など)が議論され、明治33年の『小學校令施行規則』にて尋常小學校において教授に用いる漢字が制定され、そして機械技術的には活字印刷が普及しました。どうやらその頃から、印刷物において、吉の字に比べて、𠮷の字を見かける機会が著しく減少してきたような感じがします。
人類の文明や技術や文化は飛躍的に発展してきましたが、吉と𠮷という字に思いを馳せると、美しく咲き誇る吉と、可憐に咲き香る𠮷とを、あらためて鑑賞して、愛(め)でてみたくなる気持ちに駆られませんでしょうか?
こちらのホームページでは、歴史上の古書や古文書に記された吉と𠮷の字と、私、水瀬希星の著書、『吉を辿る物語』とをご紹介いたします。
拙筆で申し訳ございませんが、どうぞ歴史文字博物館を訪れた気分で、のんびりお茶でもお飲みになられながら、吉と𠮷の字を一つずつ愛(め)でていただければ、この上ない幸せです。
令和三年、夏、葵月
水瀬希星
はじめまして、こちらのホームページの製作者の水瀬希星と申します。
この度、楽天ブックスの電子書籍より、吉と𠮷の歴史をテーマにした冒険読本、『吉を辿る物語 上』を上梓させていただきました。
「吉と𠮷とは?」や、「吉と𠮷の歴史とは?」について、明治時代の尋常小学校の『小学読本』や、明治政府の『官報』、『日本書紀』、『万葉集』、『源氏物語』、歌川広重の浮世絵の『東海道五拾三次』、十返舎一九の『道中膝栗毛』、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』、『関ヶ原合戦絵巻』など、100以上の古書や古文書に記された吉と𠮷の字をめぐる本になっております。
主人公は17歳の男子高校生二人で、自由奔放な𠮷田と、堅実知的な吉田の二人が、令和から昭和時代、大正時代、明治時代、江戸時代、安土桃山時代...そして戦国時代へとタイムスリップ?しながら、日本の吉と𠮷の歴史にふれていく、青春と命がけの冒険読本です。
『吉を辿る物語 上』では、昭和時代から戦国時代までの吉と𠮷の歴史を、愛でていただけます。
(下巻の『吉を辿る物語 下』では、日本の室町時代から古墳時代まで、そして古代中国を予定して、現在執筆しております。)
吉と𠮷の歴史につきまして、ご興味がございましたら、ぜひ御手にとって、近代、近世、中世の吉と𠮷をご鑑賞して愛でて頂ければ、この上ない幸せです。
令和三年、夏、葵月
水瀬希星